溝延ってどんなところ?
私がすんでいる溝延地区はまさに百姓の村!今でこそサラリーマン家庭が増えましたが、その家の爺ちゃんばあちゃん達はみんな昔百姓でした。今でも80代現役で畑へ出る年寄はたくさん!皆さんの趣味はゲートボールでも老人施設へ遊びに行くことでもありません。孫たちのために畑で野菜を作ることなのです。60代の私の父親でさえ彼らには若い衆と呼ばれ、じゃ私は赤ん坊か!ってかんじです。そんな農業にイキイキした村が「溝延」です。
- 河北町の中では一番のさくらんぼの産地!さくらんぼで有名な東根市・寒河江市のちょうど中間地点が溝延地区
- 同居率が限りなく100%に近い地区!都会の皆さんには考えられないような地区です。爺ちゃんばあちゃん達はみんな子守と畑仕事が日課です。
- 昔は溝延村という独立した村で、戦後の市町村合併で河北町に参加しました。
- その昔「溝延城」と呼ばれるお城があり小さな城下町だった。今もその名残で住所とは違う呼び名が、それぞれの地区にはあるんです(本丸・〜小路など)
- もちをたくさん食べる文化があり、農業の区切りがつくと必ずもちを食べるんです。また、食べ方にも特徴があって、軟らかいつきたてのもちを納豆・醤油・ねぎ・鰹節・のり・大根の絞り汁を入れたタレで一気に飲み干すんです。溝延には「一升もち会」なんていうもちを食べる会があり、テレビも取材に来るほどすごい!昔溝延にお嫁に来る人はもち切り(熱いもちを手で食べやすい大きさに切ること)ができないとお嫁さんとして認めてもらえないなんてことがあったとか・・・
- 毎年稲刈り前に行われる溝延八幡宮のお祭りは昔から「花相撲」という相撲大会が開かれていた。私も小学生のときは本物のマワシを締めて相撲をとりました。(ちっちゃいからから弱かったけどね)
- そばを流れる寒河江川の堤防には「溝延桜堤」と呼ばれる桜並木があり、県内でも少し知られるようね桜のスポットになりました。見頃は4月中旬ごろ
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